池田直渡「週刊モータージャーナル」2023.1.1



トヨタは日本を諦めつつある 豊田章男社長のメッセージ
 

 実は筆者は、12月の13日から20日までタイに出張していた。全部トヨタの取材である。要素を抜き出せば、まずはタイトヨタの60周年式典、それと合わせて発表されたトヨタとCP(チャロン・ポカパン)グループとの提携である。


 次いで、トヨタの利益の3分の1を叩き出しているIMV(Innovative International Multi-purpose Vehicle:国際分業生産システムで製造する多目的商用車)の追加車種および新型車の発表。さらにそのIMVを生産するチャチェンサオ県のバンポー工場の見学とサラブリ県のディーラー見学。翌日からはブリーラム県のチャーン・インターナショナル・サーキットで開催された25時間耐久レース、つまりはトヨタのカーボンニュートラルレース活動の取材である。




取材したタイトヨタの60周年式典にて


 初日はそもそもバンコクのホテルに入ったのが午前1時。以後も、まあ早くて午後10時。遅いと午前3時。翌朝はホテルロビーに7時や7時半集合出発という具合。幸か不幸かそこからバスに揺られる時間が長いので、バスの中で睡眠が補える。一番長い日は8時間バス移動である。


 タイ国内でバスでの移動距離が積算で1550キロあったと言えば分かってもらえるだろうか。要するに、めちゃめちゃキツイ旅だった。ついでに言えば羽田に着いたその足で富士スピードウェイに赴いて、新型プリウスの試乗である。われながらよく乗り切ったものである。


●トヨタは既に日本を諦めつつある


 で、この出張で何が分かったか。それが重要である。端的に言えば、トヨタは既に日本を諦めつつある。日本のマスコミと日本の政治家相手に、真面目にカーボンニュートラルを進めようとしても、どうせ理解されないし、ディスられてエネルギーロスし、消耗する。意味がないし労力がもったいない。だったら、トヨタの努力を本当に喜んでくれて一緒にカーボンニュートラルに取り組んでくれるタイと一緒にやる方が、双方に幸せなんじゃないだろうかという気持ちが、豊田章男社長の根底にある。


 それでもこういう取材ツアーを組んで、自動車ジャーナリストや、新聞記者たちを引き連れて、タイで起きつつある現実を見せたのは、1つのメッセージでもある。「メディアにもし良心が残っていて、今回の動きをちゃんと伝え、それを政治が受け止めるのであれば、まだ引き返す余地はあるよ」。そういうまあいわば豊田章男氏の日本に対する未練であり、最終メッセージでもある。


 その未練がなければ、わざわざわれわれ記者にこんな活動を見せる必要はない。これから先、現実が動いていくのはタイであり、その全てと隔絶された日本で広報する意味は何もない。日本人にはまったく知られる必要も意味もない。黙ってタイと未来を築けばそれでいい。




トヨタの豊田章男社長


 逆に言えば、そういう意図に気付きながら取材に連れて行かれた筆者の責任は極めて重い。自らの筆力でそれが伝えられるかどうかが問われている。というかもっと正確に言えば、豊田社長は「まあ無理だと思うけどね」と考えている気がする。


 衝撃的な事実ではあるが、このままいけば、おそらくトヨタは日本を出て行く。それは筆者の妄想ではない。21年の春の時点で、既に筆者はトヨタの役員のひとりから直接そういう話を聞いている。日本政府が35年に本当に内燃機関の全面禁止を進めるのであれば、トヨタは日本を出て行かなくては生き残れない。


 トヨタがいなくなった後で、オールBEV化でもオール太陽光でも、できるのならば好きにやってくれと。そんなギャンブルに全世界36万人のトヨタ社員の命運は賭けられないので、トヨタは出て行くしかない。その準備には10年は必要だ。とすれば25年には判断を下さなければ間に合わない。


●タイトヨタ60周年の意味


 ここからは筆者の想像だが、その時おそらくヘッドオフィスは、米国とタイに分かれるだろう。米国の拠点は安定的な成長を続ける北米マーケットを軸に次世代マーケットの期待が寄せらる中南米をにらみ、同じく中国経済崩壊後の成長基軸として期待されるASEANの拠点としてタイが選ばれる。そういう絵柄になるのではないか。


 既に人口縮小に突入している日本で、事業を続ける意味を見出すとしたら、母国日本に対しての愛以外に合理的な理由はないのだが、その母国が「トヨタ出遅れ」「トヨタオワコン」の大合唱。税制では自動車に不合理な課税で、基幹産業としての自動車を守る意思がカケラも見て取れないようでは、鮑の片思いにしかならない。


 ということで全体を見通す俯瞰(ふかん)的な構図が見えたところで、詳細の説明に入っていこう。


 まずはタイトヨタの60周年の意味からだ。トヨタは現在のASEANが工業化を進めるはるか昔、1966年からタイで自動車生産を始めている。タイのモータリゼーションを育てたのはトヨタであり、それに対する思い入れは強い。マーケットが成長した今、トンビに油揚を攫(さら)われたくないという気持ちはあって当然だろう。




タイトヨタ設立60周年記念式典にて

 中国でものづくりに、明らかに見合わない巨大なカントリーリスクが明確化した今、世界のものづくり産業は、ASEANへの拠点移動を粛々と進め始めており、ASEAN経済のバブル化を引き起こし始めているのだ。


 少し前まで、中国生産に保険をかけるという意味で「チャイナ・プラスワン」といわれて、ベトナムやミャンマー、タイやインドネシアへの製造拠点確保が進められてきたわけだが、もはやそれは保険という地位を脱して、ポスト中国の着地点と見られ始めている。トヨタはどうやらそれをタイに期待している。


 もっとも強かなトヨタのことである。100%子会社のダイハツは既にマレーシアとインドネシアに橋頭堡(きょうとうほ)を築き終わっている。ASEAN戦略でリーダーシップを取る可能性がある拠点はほぼ押さえていると言ってもいい。


●CPグループとは何か


 では、今回提携したCPグループとは何か? 端的に言えば、タイ最大のコングロマリットである。種子苗の販売からスタートして、畜産や通信などへと拡大したのみならず、流通の7割を占めるともいわれるタイ経済の巨人である。タイ国内にある1万2000店舗のセブン-イレブンはすべて直営。スーパーマケットなどの流通をはじめ、それなりのホテルの食材供給なども全部このCPグループが掌握している。つまり、重工業を例外として、タイ経済の支配者と言っても過言ではない。


 CPについてこれ以上詳細な説明をしても行数を食うばかりなので、それ以上の詳細はこちらのリンク先からご確認願いたい。なお、筆者のタイ経済についての知識は付け焼き刃なので参照リンクの中身の保証はできかねる。


 さて、ではこのプロジェクトにもう1つ重要な因子は何かと言われれば、トヨタがいすゞ、日野、スズキ、ダイハツと合弁で立ち上げたCJPT(Commercial Japan Partnership)である。CJPTの当面の目標は、東京と福島を結ぶカーボンニュートラル物流プロジェクトの実現である。集荷と配送をDXで効率化して物流トラックの総走行距離を大幅に削減するとともに、物流を3つの階層に分けて最適な輸送手段を選ぶことでカーボンニュートラル社会の実現を目指すものだ。例えるなら幹と枝と葉だ。


 幹となるのは、高速を利用した大型トラック物流であり、東京と福島に設けられたそれぞれのゲートウェイターミナル間を、いすゞと日野の大型の水素燃料電池トラックで結ぶ。枝となるのは、ゲートウェイターミナルとエリアターミナルを結ぶ中距離輸送。ターミナル間の距離と標高差などを考慮して、適性によって、いすゞ、日野、トヨタなどの燃料電池の2トントラックとBEVの2トントラックを選択して輸送を行う。葉の葉脈のような役割を果たすのは地域ターミナルから各店舗や家庭への小口輸送である。ここはスズキとダイハツが用意するBEVの軽トラで組み立てるという計画だ。東京-福島間がうまくいけば、例えば東京と愛知、愛知と広島という具合に、コピーして拡大していかれるはずである。


 このシステムをタイに入れようとすれば、物流の7割を寡占しているCPの裁量で、すぐに全国規模に拡大が可能である。CPの総帥である謝国民(タニン・チャラワノン)氏が首を縦に振れば、明日からでも着手できる。豊田章男氏と謝国民総帥の3時間にも及ぶトップ会談の最後に謝国民氏は「私は、豊田さんの後ろを目を瞑(つむ)ってついて行きます。あなたは間違いがあればそれを正せる人だから」と言ったという。彼自身、次世代はBEVだと、会談のその時まで思っていた。だからなぜ水素なのかは、急に納得することができない。しかし、豊田氏の説明を聞いて、最後は人を信じたのである。


 キモとなるのは、「すぐできること」というキーワードである。本連載でも過去に何度も書いてきているが、01年から19年までの20年間に日本の自動車産業は、CO2排出量を23%も削減してきた。それは軽自動車やコンパクトカーへのサイズダウン移行と、ハイブリッドの普及による明確な成果である。それを自工会会長会見で豊田章男社長が何度も発表しているにもかかわらず、メディアは報道しないし、政府も評価しない。




過去20年の自動車CO2排出量(国際比較)

 同じ期間に米国は+9%、ドイツは+3%とCO2排出量を増加させてきており、原発大国として意気軒昂なフランスですら削減幅はたった1%にすぎない。欧州で最も成果を挙げた英国でさえマイナス9%と、日本の半分にも達していない。いやBEVに舵(かじ)を切ったのは、最近で……と言うのも結構だが、結局19年に向けてさえグラフは無常にも上昇するケースこそあれ、英国以外では減じてはいないではないか。


●BEVの現実に気付かない日本政府


 日本のマイナス23%は、東北大震災による原発の停止を受けてすら「すぐできること」を現実的に進めてきた成果であり、日本政府はこれをCOP26、グラスゴー会議で訴求して、日本メソッドとして世界のCO2削減をリードすることもできたはずが、なぜかやりこめられて帰ってくる始末。むしろトヨタはカーボンニュートラルに消極的なメーカーとレッテルを貼られてしまった。数字が読める程度の知能があればそんなバカな話になるわけがない。


 ただ乱暴に「BEV」を連呼したところで、現実の数字はそれを否定している。もちろんBEVが要らないわけではない。実際CJPTのプロジェクトにもBEVが受け持つ領域はある。とにかくBEVにすれば改善するという様な簡単な話ではなく、もっと丁寧にケースバイケースで現実を考えなければ本当のCO2削減にはたどり着けない。それはCJPTの計画を見れば腹落ちするはずだし、何よりも自工会が発表したグラフの実績値が示している。マルチソリューションが必要なのだ。




トヨタの豊田章男社長(左)とタイCPのスパキット会長

 豊田社長は、今回のCPとのジョイント事業について、タイ政府の首脳陣から「ありがとう」と言われたと感慨深げに語った。それはそうだ。23年に行われるUAEのCOP28までに、トヨタとCPは、眼に見える成果を出すことを目標にしている。それが本当にうまくいけば、タイ政府は自らいろいろと施作を打つ必要もなく、トヨタとCPに全てを委ねているだけで、COP28に胸を張って出ていって成果を挙げられる。「わが国は1年でこれだけの削減をやってのけた」そう言えるのだ。日本政府が無駄使いした「実績」という最強のカードをタイ政府は有効に使える。


 「エンジンはオワコン。今すぐ開発や生産をやめて、BEVに全振りしない会社は出遅れ」と叫び続ける人がいる。しかし今、無情にも、リチウムがどうやっても足りない。そして彼らが主張してきた「バッテリーがどんどん安くなることを理解しないからBEVの未来を疑うのだ」という主張は、大外れが確定しつつある。もちろん革命的な素材が現れて、価格低減を実現する未来はあるかもしれないが、少なくとも、今この時点では不確実性を大幅に増した状態を迎えている。


 「採掘量が限られている鉱物に需要が集中すれば必ず価格は高騰する」。これはずっと前から、トヨタも筆者も共通して主張してきたことである。後になってみれば当たり前の話ということになるのだろうが、議論の最中ではそれが聞いてもらえなかった。既に欧州も中国も現実に気付き始め、おっとり刀で水素に取り組み始めている。さらに言えば、e-fuelなどの合成燃料を用いた内燃機関もまた視野に収め始めている。


 筆者はともかく、トヨタの主張に耳を貸さなかった政府は、その結果、まさに出遅れた。むしろ世界から周回遅れになってなお、BEVの現実に気付かない。端的に言って、トヨタはそういう政府に愛想が尽きた。政府に向けて何度も発信した「仕事をさせてください」という豊田氏の言葉は全く届かなかった。一方でタイはトヨタの尽力に対してちゃんと「ありがとう」が言えた。その差がどういう結果を招くかがこれから現実になって行くことになる。


 ということでひとまず前編を一度締める。1月3日掲載予定の後編ではもう少し、プロジェクトの詳細を掘り進めていくことになる予定だ。



池田直渡「週刊モータージャーナル」2023.1.3

トヨタのタイ戦略はどうなるか 日本政府の然るべき人たちに「伝えたい」


 前編では、トヨタのカーボンニュートラル戦略を理解しようともせず、実績にも目を瞑(つむ)り続けて、CO2削減マイナス23%の日本メソッドを訴求しそこねた無策な日本政府に愛想を尽かしたトヨタが、理解者であるタイを軸にASEANのCO2削減に力を入れ始めた話を書いた。


 では、なぜタイでは、それが可能なのか? そこはやはりCP(チャロン・ポカパン)グループの凄(すご)さということになる。CPの主要事業の1つに養鶏がある。しかしそこは途上国、海外への食品輸出に関して、衛生や安全規制の不行き届きを疑われ、なかなか輸出が増えなかった時代があった。


 CPはそのイメージを覆すことに尽力して、先進国をしのぐ管理体制を整えた。安全、安心。そして環境貢献。そのために彼らは食品の安全性のトレーサビリティやオープン化のみならず、莫大な養鶏場の鶏糞を集積し、ドームに集めて発酵させ、メタンガスを取り出し、それで施設を運用するための電力を賄っている。




左から、タイCPグループのDhanin Chearavanont上級会長とトヨタの豊田章男社長


 これにはトヨタのエンジニアも驚いたという。メタンまでできていれば、水素に変換するのは極めてたやすい。メタンとは要するに炭素を核に水素が多重結合したものだから、触媒を使って炭素を外してやれば水素ができる。もちろん炭素はCO2になるので、回収しなければならないが、そもそもメタンとして燃やす時にはそれは燃焼ガスに含まれているので、水素にすることによって増えるわけではない。


 ということであくまで一例にすぎないが、畜産の廃棄物からメタンを生成するところまでは既にできている。そこまでの準備が大変だと思っていたトヨタは、タイの、というかCPのポテンシャルに驚かされることになる。あとワンアクションで水素ができるのであれば、水素物流は決して遠くない。次のCOPまでに成果を出すという計画は、CP自身による長年の積み重ねがあってこそである。


●燃料電池とBEVトラックの供給が鍵に


 となればあと必要なのはハードウェア、つまりクルマである。いすゞと日野がどの程度、幹線物流用の燃料電池大型トラックをタイに送り出せるか? そして中距離用の2トンにおいては燃料電池とBEVトラックの供給が鍵になる。つまりトヨタアライアンスのターンである。


 加えて、おそらく国内におけるBEV軽トラの代わりをタイ国内で務めるのは「IMV(Innovative International Multi-Purpose Vehicle)」になるはずだ。要するにハイラックスである。物流の最もベーシックな単位を担うこのハイラックスには既にトヨタによってBEVモデルのプロトタイプが作られていた。筆者はこれにチャーンサーキットのドラッグレースコースで試乗したが、その出来は極めて上質で、物流用のみならず、個人所有車としても大きな可能性を感じた。





トヨタの新型「ハイラックスRevo BEV」(プロトタイプ)




ドラッグレースコースで試乗




運転席


 BEVらしく、無振動で強力な加速力を備え、もともとのIMVの出来と相まって、クルマとして極めて完成度が高い。ただしラダーフレームの間に収められるだけ収めたバッテリーの容量には限界があり、具体的な発表はないものの、航続距離は多くを望めない。近距離用途に限ったものになるだろう。そういう意味ではまさにBEVらしいともいえる。




シャシー




エンブレム




ドディオンアクスル


 もう一台、今回の式典で発表され、耐久レースでペースカーを務めたのが「IMV 0」(以下、IMVゼロ)である。IMVはそもそもが働くクルマ、つまりワークホースとして生を受けた。アジアの新興国のための働くクルマである。しかしながら、米国からピックアップトラックの文化が流入して、トラックを乗用車として乗る文化が入り込むと少し状況が複雑になった。




「IMVゼロ」


 片やトラクターの仲間であり、片やクーペと同じくカッコを付けるためのクルマ。頑丈で質実剛健を求める層と、ラギットファッションのための乗用車を求める層が現れた。もう1つは安全に対する概念の乖離(かいり)である。


●「IMVゼロ」はワークホースの基本に回帰したモデル


 先進国では、安全は極めて大事であり、利便性よりも明らかに優先される。トラックの荷台にベンチを設置してバス代りなどに使うのは法律が許さない。けれども新興国ではそうではない。そういう合法だか違法だか定かならざる私的な改造車が山ほど公道に溢(あふ)れているのがタイの現実で、そこへ先進国の安全理念を振りかざしてみたところでどうにもならない。その土地ではその土地のルールがあり、彼の地で是とする使い方に従うより他ない。


 IMVゼロは、両方の意味でもう一度ワークホースの基本に戻って、現地の人々の使い方に寄り添うクルマへと回帰したモデルである。荷台にバカ高いアオリを立てて、最大積載量をものともせずに天高く農産物を積み上げるも良し、適当なイスをいっぱい付けて定員もよく分からないバスにするもよし、冷蔵庫や冷凍庫を付けて海産物や食肉を運ぶもよし。そういう拡張性の高いトラックの原点に戻った。改造されるのが前提の無駄を省いたベースカーであり、まさにタイの物流改革の礎となるクルマである。




「IMVゼロ」




運転席




真横




後部


 もちろん改造幅が広いということは、先進国ではキャンピングカーにしたり、屋台にしたりといった拡張性も同時に備えることになるので、ファッション的ニーズも含めて、日米でも広がりそうである。基本となるシャシーは今のIMV、つまりハイラックスのシャシーを完全にキープしている。ここを変えるとIMVではなくなるから死守する必要があるのだ。


 逆に言えば、そのハイラックスにBEVがあるのなら、同じシャシーのIMVゼロでもBEVはすぐ作れる。トヨタ側でもそこまでの準備は済ませていることになる。だから「今できること」なのだ。


 余談ではあるが、このタイのプロジェクトのために生まれたハイラックスのBEVとIMVゼロは、先進国でもそれなりに人気を博す可能性が高い。日本でも特にIMVゼロはウケそうな感じを強く受ける。


●モータースポーツ活動は今後どうなるか


 さて、そして最後にレースの話である。トヨタはこれまで、「モータースポーツを基準にしたクルマづくり」としてもっといいクルマづくりを進めてきた。WRCジャパンでは、それが「モータースポーツを基準にした地域振興」へと発展し、今回タイで12月17〜18日に行われた25時間耐耐久レース「IDEMITSU 1500 SUPER ENDURANCE 2022」の出場ではそれが「モータースポーツを基準とした自動車文化輸出」へと広がったと筆者は受け止めている。


 カーボンニュートラルは、ともすればモータースポーツを人類の敵にしてしまう。「道楽のために無駄に石油燃料を燃やす環境破壊行為」とレッテルを貼られてもおかしくない。豊田社長はその一歩前で踏み込んだ。カーボンニュートラル燃料を使えば、内燃機関もモータースポーツも敵じゃないという主張を打ち出した。


 そのために国内のスーパー耐久にカローラの水素エンジンを出場させ、スバルやマツダ、日産と仲間を募りながら、e-fuelを中心としたカーボンニュートラル燃料でのレースチャレンジを広げていった。


 その後、欧州のWRCに水素エンジンのコンセプトカーを持ち込んでデモランを行ったり、今回の様に海外の耐久レースに水素エンジンコンセプトとカーボンニュートラル燃料コンセプトを持ち込んだりという具合に徐々に認知を広げつつある。


 今回の参戦は、スタートからの4時間とゴール前の4時間に限った参戦ではあった。その理由は、1年間闘ってきたチームにこれ以上無理をさせたくなかったので、賞典外となる部分参戦にあえてしたのだそうだ。




水素エンジン搭載の「GRカローラ」とCNF燃料を使用の「GR86」ゴールシーン


 しかしながら2台のマシンは、走行中、タイのトップチームのクルマと堂々渡り合い、特にGR86のカーボンニュートラル燃料コンセプトは、レース最速ラップタイムをたたき出してみせた。このレースを見たタイの人々にしてみれば、カーボンニュートラル燃料はガソリンの代用品ではなく、CO2を排出しないばかりか、従来の燃料より速く走れる未来の燃料というイメージが刷り込まれたかもしれない。


 実際の話をすれば、それは燃料のせいではなく、日本のレースで磨かれてきたレース車両の完成度と、ワークスドライバーの腕があってのことなのだが。


●トヨタのタイ戦略はどこへつながるのか


 さて、こうしてトータルでトヨタのタイ戦略を追ってきたわけだが、その先は一体どこへつながるのだろうか?


 今回のケースを筆者の角度で見ると、トヨタはまずCPグループを押さえた。CPを押さえるとタイが動く、そしてCPの総帥である謝国民(タニン・チャラワノン)氏は、その名前からも明らかな様に華僑系である。ASEANには華僑が経済を牛耳っている国はたくさんある。シンガポールもマレーシアもインドネシアも程度の差こそあれそういう国だ。タイでの成功は華僑ネットワークを通じてASEAN各国に波及する可能性が高い。タイが変わればASEANが変わる。


 旧来の日米欧の3局。これに中国を加えるか加えないかは今後の中国経済次第ではあるが、仮に4局として、ポスト中国の時代にこれにどうやらASEANが加わることになる。5局のうちの1つは大きい。


 ここで水素が必須になれば、ASEANを市場として狙いたい全ての自動車メーカーは、水素のコマを持つしかなくなるわけだ。そしてそのコマを持ってしまえば、水素を否定する意味はなくなる。これは欧米の自動車メーカーにとって魅力的ではなくなった日本のマーケットでは成立しない話だ。世界の自動車メーカーのトレンドがタイを起点に変わるかもしれない話のこれは始まりなのだ。


 筆者はちょっとゲームのリバーシを思い浮かべた。CPはリバーシ盤のすみっこだ。角を取ってしまえば、ゲームは圧倒的に有利に進められる。つまりすみっこを起点にして盤のすべてのコマをひっくり返す。もちろん、それはまだルートマップにすぎない。できるかできないかは誰にも分からないが、一応うまくいけばそうなるという仮説はたったことになる。




「IDEMITSU 1500 SUPER ENDURANCE 2022」にて


 実現するかどうかはともかく、これだけの大きな絵図が引けた意味は大きい。そういう話なのだ。さて、筆者としてはかなり一生懸命見てきたものを書き記したつもりではあるが、果たして日本政府の然るべき人々にこれが伝わるだろうか? もちろん筆者が書いたものでなくても良い。他の書き手や新聞記者たちが書いたものからでも良い。タイで何が起きているか、そしてトヨタがどう考えているか。それがちゃんと伝わるかどうかが日本の未来を決める可能性は高い。あとで振り返った時、23年がターニングポイントだったねぇということにならなければ良いのだが。


筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)


 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
 以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。



− 荒牧 千e Aramaki Kazuhide −
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