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大阪は西成、山王地区の一角にその町はある。表通りから、「飛田新地料理組合」と記された大きな看板に導かれるまま足を踏み入れると、そこに夢かと見まがう世界が広がる。
脇に建つ高層マンション群とは対照的に、その一帯だけが碁盤目状に区切られ、昔ながらの日本家屋が建ち並ぶ。仮に場所の価値が、そこを舞台に繰り広げられてきたドラマの濃度に比例するとする。ならばそこは、各地の世界遺産とも遜色なく肩を並べるであろう、日本古来の「遊郭」の佇まいを今に残す、約2万坪の異空間。夕暮れ時になればほとんどの玄関は開け放たれ、それぞれに縁起物とされる梟や蛙の置物、胡蝶蘭などの植物が置かれる。
町に飛び交う、呼び込みに勤しむおばちゃんたちの「おにいさん、どうぞ」「いらっしゃい」という声。床からのライトが、玄関の真ん中に座って手を振る娘たちの笑顔を妖しく照らし出す。
この町を、男たちは一人で、または気心の知れた仲間同士で、時には車で流しながら思い思いに徘徊する。 直感が「この娘」と教えてくれた出会いはその場でものにしなければ、後でそこに戻っても、もう会えない。玄関口で交渉がまとまれば、男はその娘と2階へ上がることが許される。
「遊郭」の歴史は遡れば豊臣秀吉の時代や、もっと言えば奈良時代から、あらゆる激動の時を経て存在してきた。同時に、例えば最近では外国客が増えたりと、いつも時代の変化を如実に映し出している。しかし、これまでは外部の人間による取材、撮影を正面から受け入れたことはほぼなく、「飛田新地」は知る人だけに知られる町であり続けてきた。
飛田新地料理組合で組合長を6期、12年間にわたって務め、本年度年始に勇退したばかりの塚本幸夫氏(69)に話を聞いた。 |
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平行に走る5本の 通りから飛田は成り立つ |
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大正時代の遊郭にタイムスリップ
伝説の花街
飛田新地探訪
撮影 岩根 愛
取材・文 有太マン
大正時代、日本最大とも言われた遊郭の空気をそのまま21世紀に伝える街、飛田新地。特別に撮影が許可された貴重なカットで、欲望と矛盾、猥雑と伝統とが複雑に渦巻く街を訪ねる
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