人力車  A面
人力車  B面

紙切り作品をゲットする

 寄席の紙切りは、 A4版の、いわゆるPPC用紙よりやや腰のある白紙を、先の尖った、ネジを極端に緩めた鋏で切り抜き、 前もって準備した黒い台紙の上に重ね、スティショナリのクリアファイルに挟んで、客に見せる。
 通常紙切り芸人は、高座に上がって先ず自身の持ちネタを切り、続いて客の注文を取って切ったものを、リクエスト主へ土産として渡す。 当然寄席の客の多くはこの流れを見知っているので、芸人が最初の持ちネタを切り終わって、「何か注文はありませんか」の声を今か今かと待っている。
 もちろん芸人はリクエストの声の中から、
1.ある程度市民権を得ている、
2.自身の持ちネタの中にある、
3.素人目に難しそうである、或いは予想もしなかった効果を得られる、
などの条件に合ったものを選び出して切り始めることとなる。
  リクエストを出す客側にすれば、自分の題を取り上げてもらって作品を獲得するためには留意することがたくさんあるが、上記を逆手にとって考えればよい。 より確実にするには、自分の好みを少々殺しても芸人側におもねった題材を選ぶことの方が大切であることはいうまでもない。
  一般的には、芸人が初っぱなに切ったものと似たりよったりを避けることはいうまでもなく、季節感のある羽根突き・たこ揚げ・ 鯉のぼり・七夕など、 少々凝った三社祭(単にお祭りと言ってもよい)・舞子さん等から選んでリクエストすることが肝要である。
 ここでは、落語協会が出しているパンフレットに、個人タクシーにステッカーとして正楽の切った人力車を貼っている記事を見て、粋な題材であり、 二楽もネタの中に入れているであろうことを予測してリクエストしたものである。
  この日は土曜であり、さしもの(ウィークディは入りが悪いということ)末廣亭も7・8分の入りとなって、リクエストも無競争とはいかなかった。 しかも時まさにON決戦確定の翌日ということもあり、1本目は時を得た王・長嶋(の似顔絵を切るという)リクエストに応えられてしまった。 2題目には一層多くの声が挙がったが、やはり寄席にはふさわしく、寄席客には理解できる範疇にある人力車が勝ちを得、上の絵がここにあるわけである。
  ただ、出来上がりを得んがために他客と張り合って大声を出すのは、少々寄席の粋・洒落を欠いているような気もする。 リクエストのタイミングを計り、機先を征するのはあたかも、フライングを恐れながらもピストルを待つ「セット」状態のランナーと 同じじゃないかと思うのである。注文に対して客が躊躇(慣れなくて)したようなときにこそ、寄席の在りようの範を示し、 演目の運びを助ける意味ですかさずリクエストしてやる、というのが真の粋であろうか。
  個人の性格にもよるのだろうが、紙切りの出番を待って、リクエストのことが頭を離れない状態では、 他の芸をゆっくり楽しんではいられないのが私の性分でもある。

林家 二楽 作
  左の切り絵は、2000年10月・新宿末廣亭における林家正楽襲名披露公演中、 弟弟子二楽が切った作品である。
  上が形に切った白紙を黒の台紙に重ねたもの、下が切り取られた残り・抜け殻を同じく黒の台紙に重ねたもの、 芸人はちょっと洒落て?A面・B面と呼ぶ。通常紙切りにおいて芸人は、白紙の外周一個所から鋏を入れて形を切り抜いていき、紙を切り離すことをしない。 したがって、A面・B面は白・黒反転で全く同じ絵となる。
   しかしながらこの「お題」では、人力の車の部分をくり抜いて表現しているため、紙が切り離されることとなり B面では地面に当たる部分と台紙とが一体となっている。


林家 正楽
 正楽の注文の取りかたは型が決まっている。しかも、 その後切り始めてからぼそぼそと喋る内容も決まっている。次に言う台詞が分かっていながら度毎におもしろい。志ん生の域に近いといえば褒めすぎか。
 「こないだは、何か注文ありませんかというとその辺りの人が、先ずビール(後は会場の笑いに台詞は隠すように)」、「また、何か切るものは? といいますと、 後ろの方から高座の前まで来た人が売店で買った菓子袋を差し出して、鋏で口を切ってください(さらに笑いと拍手)」、これで後は紙切りの途中、身体を揺する必然性につき講釈をしてお開きとなる。
 注文も、いつも2・3人が競うように声をかけてくれれば、その中から自分の持ちネタ、或いはごまかせそうなものを選べるからいいが、とんでもないものもあるらしい。 実際に行き会ったわけではなく伝聞であるが、「雌の猿」という題が出たそうな。
  雄であればなんとかデフォルメする部分もあってごまかしもきくであろうがさて、正楽はこれに「子供を抱いた猿」を切って見事切り抜けたという。 小咄の落ち・問答の解としても、前段のバレを意表をついて覆す品の良さは正に寄席の粋というものであろう。


− 荒牧 千e Aramaki Kazuhide −
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