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ロッテルダムマラソン '15
西日本新聞 2015. 4.13
ON WEB

またまた、悩ましいレース結果とそのレコードが出た。
26分台というのは日本においても平凡な記録である。
とともに、本レースの他のメンバーなども不知のため、甚だ評価は難しいが、下同様勝ったことが大いに意義はある。
横浜国際女子マラソン '14(最終回)
Result on Web 2014.11.16 http://www.yokohamawomensmarathon.com/
東京国際女子マラソンが東京マラソンの開催により消滅。一方横浜女子駅伝を終了し、これをマラソン大会に衣替えする形で2009年に始まり、今年早くも最終回を迎えた横浜国際女子マラソン。
日本勢は記録は2時間26分57秒と、平凡な(というよりむしろ悪い)記録ながら、ラストでオンゴリ(ケニア)に競り勝つという非日常の形で田中智美(第一生命)が1位となり、初マラソンで19歳の岩出玲亜(ノーリツ)も前半のペースメーカーの暴走にも追走する積極性をみせた上で3位と粘るなど、久方ぶりに意地を見せて幕を閉じた。
もっとも、タイムを見てわかるとおり、オンゴリのコンディションが悪かったのは明白で、むしろその体調で最後まで競られた日本勢のレベルの低さも露呈してい、世界との差が縮まったわけではまったくなく、恐ろしく後塵を拝していることに変化はもたらされていない。
アジア大会 '14 -- 下欄・派遣選手発表で危惧したとおりの結果となった女子マラソン --
Result on Web 2014.11. 2
■低レベルのレースでも勝てない http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/153782/2
マラソンのアジア女王を決める大会とはいえ、出場しているのは大半がレベルの低い選手ばかり。
11の国と地域から17人がエントリーしながら、実際に号砲を聞いたのは16人。中には明らかに調整不足の選手もいて、実質的にレースに加わったのは上位7〜8人だけだった。
ケニアから国籍を変えたバーレーン勢の2人がいたとはいえ、実力はアフリカ勢のトップクラスにはるかに及ばない。  
日本陸連は今大会の優勝者を来年8月の世界選手権(中国・北京)の代表に選出するとしていたが、こんな低レベルなレースでも2位。世界とのレベル差は縮まらない。日本の女子マラソンの低迷ぶりが改めてハッキリした。
※ただし、上の文中にもおかしいところがある。「エントリー17人に対してスタートしたのが16人・・・」と、いかにも真面目なエントリーでないかの書き方だが、16/17の出走比率はどんな大会からみても充実した出走率である。 94%を超える出走率の大会などごく稀であろう。
アジア大会・派遣選手発表
日本陸上競技連盟 2014. 1.31
第17回アジア競技大会(2014/仁川)選考対象レースが琵琶湖毎日マラソンで終了し、女子は以下の2名が決定した。

◆ 木崎良子選手 【ダイハツ・大阪】
   ・アジア大会2大会連続2回目出場(2014・2010)  *2010年は5000mで出場
   ・自己ベスト:2時間23分34秒(2013名古屋ウィメンズマラソン)

◆ 早川英里選手 【TOTO・東京】
   ・アジア大会初出場   ・自己ベスト:2時間25分31秒(2014名古屋ウィメンズマラソン)

どうあがいても木崎にこれ以上の伸び代はなく、早川にいたっては辻褄合わせの代表の感。
この女子以上に悲惨な男子のメンツはこちら
新谷仁美引退

マラソンにおいて、アフリカ勢に日本で唯一対抗できる(凌駕することはありえないが)かもしれないと期待した新谷が早くも引退。
小林 祐梨子、絹川 愛など、すっかり名前を聞くこともなくなった今日、男子同様、日本女子マラソン界も希望はなくなり、暗黒の時代が訪れた。

会見・2014. 1.31
↓2013.8 世界陸上・モスクワ、10,000m の新谷
2013 世界陸上・モスクワ

結局選考され出場した福士、2時間27分45秒の平凡な記録ながら3位となる(日本唯一のメダルであった)。
2013 大阪国際女子マラソン

福士 独走態勢から失速…日本人トップ2位も世界切符お預け
スポニチアネックス 1月27日(日)14時42分配信
8月の陸上・世界選手権(モスクワ)代表選考会を兼ねた大阪国際女子マラソンは27日、長居陸上競技場発着コースで行われ、福士加代子(30=ワコール)は残り1キロでロンドン五輪5位のタチアナ・ガメラシュミルコ(29=ウクライナ)に抜かれ、日本人トップの2位だった。ガメラシュミルコが2時間23分58秒で優勝した。

終盤逆転されての2位に悔しそうな表情でゴールする福士

福士は11年10月のシカゴマラソンで記録した2時間24分38秒の自己ベストを更新する2時間24分21秒をマーク。しかし、2時間24分を切った日本人トップの選手に与えられる世界選手権代表切符の獲得はならなかった。
レースは3人のペースメーカーに引っ張られ、渋井陽子(33=三井住友海上)、福士、小崎まり(37=ノーリツ)、渡辺裕子(25=エディオン)、ガメラシュミルコの5人が先頭集団を形成。5キロ過ぎ、最初の給水ポイントで福士がボトルを取り損ねるミス。だが、これを見た渋井が自分のボトルを福士に手渡した。マラソンで初めての直接対決となった渋井と福士。序盤は“共闘態勢”でレースを進めた。
最初の動きがあったのは14キロ付近。5人の先頭集団から渡辺、ガメラシュミルコが遅れ始める。ガメラシュミルコは15キロの給水ミスでさらに遅れたが、再び渡辺と並走する形で先頭グループを追う。中間地点の速報通過タイムは福士、渋井、小崎の3人が1時間11分35秒。21キロ過ぎ、ガメラシュミルコ、渡辺が先頭集団に追いつき再び5人に。
26キロ過ぎ、渋井、渡辺が遅れ始め、じりじりと差が開いていく。先頭グループは福士、小崎、ガメラシュミルコの3人。そこから1人抜け出したのが福士。ペースメーカーをぴったり追走していくと、このペースに小崎、ガメラシュミルコはついていけない。30キロ通過時点の速報タイムは1時間41分45秒。福士は2位・小崎に14秒差をつけ、独走態勢に入った。
“一人旅”となった福士にとって、残るは自分との戦いとなった。弱点である後半の失速。この日も35キロ過ぎからペースは落ちた。2位に上がってきたガメラシュミルコに差を詰められていく。残り1キロ付近でガメラシュミルコが先頭に立ち、そのままゴール。福士は2位に終わった。渡辺が3位、4位に小崎が続き、渋井は8位に終わった。

並んで競技場内を周回する福士(中央左)と渋井

目玉は福士と渋井だけ(それこそ“大”目玉という意見もあろうが)というエントリーを見て、率直なところ大きな期待感もなく、それでも中継を見た。
両者ともに(渋井はいっそう)今後の成長を考えても、まさかマラソンで世界に太刀打ちできると本音で言える専門家はいないとの確信からであるが、いくらロンドンマラソン5位と対等に戦ったとはいえ有力なアフリカ勢皆無のレースでこの結果は寂しすぎるし、無名の選手の台頭も見られずじまい(渡辺裕子という存在すら知らなかった新人が自己新で3位に入っていたが、いくらマラソンとはいえ151CMと沙羅(高梨)並みの体型ではいかにも線が細すぎると思うが)。
まあ端から、目標を入賞において5人もの選手を派遣しようなんてなんともバブリーなことである。
ロンドン五輪マラソンの結果を見て有森裕子は、「惨敗した重友梨佐(天満屋)も含めて、3人とも悔しい思いをしている。そういう思いを抱いているうちは、希望がある。絶望的ではない。時間はかかるかもしれないが、世界を追いかけなければならない。とにかく、やるしかないんですよ。」 と言っている。が、今は有森の時代とはまったく違う。どこがといえば、アフリカ勢の底辺の広さ(もともと優れた身体能力を持ちながら様々な条件から当時と今とは門戸の広さが違う)。
日本人が“走る”という最もプリミティブな“競争”においてアフリカ勢に太刀打ちできると考えるほうがどうかしていると思うが。
素直に喜べないロンドン五輪女子マラソン代表

選考レース3/4の大阪女子は、天満屋の重友が全体の1位、それも他選考レース1位記録を上回って優勝したため、男子の藤原と立場を同じくして文句なしの代表の座を射止めた。
天満屋について言えば、実は、重友より浦田に期待していた(マラソン挑戦の話を聞いていたわけでもないのであるが)。
2009・2010年末と続けて全国実業団駅伝のアンカーを走り、ともに区間賞、それも2010年にはあの新谷に同区間で勝つほど充実していた。
重友のどちらかといえば重厚な走りに較べ切れのよさを感じさせる浦田のほうに魅力を感じていたのである。
2011年初頭の都道府県対抗駅伝辺りから精彩を欠き始め、故障がちであったと聞いたが、また輝きを取り戻せるのだろうか。
男子同様、アフリカ勢や好調時のラドクリフ、あるいは近年復活してきているロシアなどに較べるとすっかり記録的に見劣りする日本勢にメダルの期待などもってのほかであるが、このような状況がもう数年続けば、マラソン界も現在の短距離界の有様に堕すること必定であろう。
“日本においては”という注釈が必要ながら、屈指のスピードランナー福士がどうやらマラソン不適合が判明した今日、絹川、新谷、果ては小林と中距離専門職まで対象を広げ、常識を覆す賭けを選ぶしかない?

世界歴代 10 傑 4/23/2012現在
タイム 氏名 所属 大会 日付
1 2時間15分25秒 ポーラ・ラドクリフ イギリス ロンドン 2003年4月13日
2 2時間18分20秒 リリア・ショブホワ *)1 ロシア シカゴ 2011年10月9日
3 2時間18分37秒 メアリー・ケイタニー ケニア ロンドン 2012年4月22日
4 2時間18分47秒 キャサリン・ヌデレバ ケニア シカゴ 2001年10月7日
5 2時間18分58秒 ティキ・ゲラナ エチオピア ロッテルダム 2012年4月15日
6 2時間19分12秒 野口みずき 日本 ベルリン 2005年9月25日
7 2時間19分19秒 イリーナ・ミキテンコ ドイツ ベルリン 2005年9月25日
8 2時間19分31秒 アセレフェチュ・メルギア エチオピア ドバイ 2012年1月27日
9 2時間19分34秒 ルーシー・ワゴイ・カブー ケニア ドバイ 2012年1月27日
10 2時間19分36秒 ディーナ・カスター アメリカ合衆国 ロンドン 2006年4月23日

*)1 所謂パフォーマンスランクではここにラドクリフの2ndベスト、2:17:18(2002年シカゴ) が入る。

女子マラソン・世界記録認定に動き
実はこの稿まで、タイトル「ロンドン五輪派遣選手決定以後」ではない。
2011年 09月 21日 14:00 JST [ロンドン 20日 ロイター]
 マラソンの大会主催者で構成する2つの団体は、ポーラ・ラドクリフ(37、英国)が2003年にマークした世界記録をめぐり、その分類を見直すとした国際陸上連盟(IAAF)の決定に反対する考えを表明した。
IAAFは先月、韓国の大邱で、女子マラソンの世界記録は女子選手のみが参加するレースで記録されたものを公認するとし、男女同時スタートで行われるレースで出た記録については、歴代トップのタイムでも「世界最高」とすることを決めた。
 ラドクリフが2003年にロンドンマラソンで樹立した2時間15分25秒の世界記録は、来年1月にルールが改訂されると、「世界最高」に格下げとなり、同選手が2005年の同大会で記録した2時間17分42秒が新たな世界記録になる見通し。
これについて、ボストン、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ニューヨークの主要5大会主催者が構成するワールドマラソンメジャーズ(WMM)と、世界中で行われる300以上の大会主催者を代表する国際マラソン連盟(AIMS)の2団体は20日、IAAF総会での決議に反対する共同声明を発表。
 両団体は声明で、「最速タイムが記録と認められなくなるのは混乱を招き不公平であり、マラソンの歴史を軽視するもの」と主張し、どちらのタイプのレースで出た記録でも世界記録と認められるよう、IAAFと今後協議していきたいと述べた。
ラドクリフは25日に行われるベルリン・マラソンに出場予定で、来年のロンドン五輪への出場にも意欲を見せている。


ラドクリフの戦績 ⇒ 
ラドクリフの現在までの戦績へ
女子マラソン・日本記録の予想
この稿、かなり古く、野口がアテネを征した翌年・大阪を前に書かれたもの。
http://www.osaka-marathon.jp/2005/news_1.html (現在は既にライヴではない)
◆大阪体育大 豊岡教授が予測 日本女子、10年後に2時間17分台も
アテネ五輪年の2004年、女子マラソン界は日本を軸に回った。アテネ五輪では野口みずき(グローバリー)が優勝、日本はこの種目2連覇を飾った。
さらにベルリンマラソンでは渋井陽子(三井住友海上)が高橋尚子(スカイネットアジア航空)のもつ日本記録を塗り替える2時間19分41秒をマークした。こうした流れを受け2005大阪国際女子マラソンは行われる。
女子の日本記録はどこまで伸びるのか。大阪体育大学の豊岡示朗教授に予測してもらった。  
アテネ五輪女子マラソンでの野口みずきの優勝は日本人ランナーのシドニー五輪に続く連勝であり、世界のマラソン界に記録で表せない「強さ」というインパクトを与えた。  
だが二つの五輪とも夏のレースであり、冬の高速レースで日本人ランナーが活躍できる、ということを示しているわけではない。  
世界記録と日本記録とのタイム差は4分16秒。距離にして約1300メートルである。大きな差が生じているが昨年、渋井陽子が3年ぶりに高橋尚子(スカイネットアジア航空)の日本記録を上回り、高いレベルの記録を目指す機運が生じてきている。  
日本記録はどこまで伸びるのであろう。  
過去25年間の日本記録の変遷を調べると、今後10年間での到達レベルが予想できる。  
80年代は女子マラソンの黎明期。毎年約2分の向上が見られた。
90年代は競技人口の増加やトレーニング法の進歩を示した。順風期で年約45秒のアップ。
2000年代に入ると、高橋が「女子マラソンの記録の壁」2時間20分を突破し、渋井も続いて、次のステップへの助走期の状況になっている。  
このような三つのパターンに分かれる日本記録の変化から次の伸びを予測すると、2015年までに2時間17−18分台の記録が出ると示された。  
その可能性を表す指標の一つは、トラック五千メートルのタイムである。エリートランナーは、マラソンレースの5キロのスプリットを各自五千メートルの記録に1分−1分30秒を加えたタイムで走っている。  
ヌデレバ(ケニア)の世界歴代2位(2時間18分46秒)の5キロごとのスプリットは16分26秒。このペースで走るには五千メートルで15分−15分20秒前後の走力が必要となる。  
この走力をもつ日本人ランナーは現在6−8人でありマラソンのトレーニングが積めるとチャンスが出てくる。
さらに2時間17分台で走るには、5キロのスプリットで16分20秒が要求され、五千メートルのタイムは14分45秒−15分が必要となろう。  
五千メートルの日本記録(14分55秒19)をもつ福士加代子(ワコール)が世界記録(2時間15分25秒)をもつラドクリフ(英国)並みの持久力と仮定してマラソン記録を予測すると、2時間17分36秒と算出され、スピードを持ったランナーの挑戦で、日本記録の到達レベルは高まるであろう。  
また、2時間20分を破ったランナーを指導している小出、鈴木両監督の談話によれば、練習タイム、レース状況の結果から、2時間17分台も可能と考えており、先の予測タイムと類似して興味深い。  
最後に、記録推測に用いられる生理学的尺度から日本記録を求めると、ランナーの効率によって記録に幅が生じるが、予測タイムは2時間16分−18分となる。
89年に米国で発表された論文によれば、女子マラソンの世界記録は2028年には2時間12分19秒。
類似した進歩と仮定すると同年の日本記録は2時間16分35秒となる。  
現時点では「夢」のような記録である。しかし、ヒトの競技記録の変化を20年、30年スパンでみると停滞はみられないのである。
上は2005年の大阪マラソンを前にして書かれた記事である。筆者・大阪体育大学の豊岡示朗教授の名は陸上競技専門誌でよく見かけていた。
13年マイナス2日間破られなかったクリスチャンセンのタイムと同じ経緯を辿ろうとしているかの佇まいであるが、2位記録との差はこちらのほうが大きく、国際陸連の記録見直し論もむべなるかと思えなくもない。
さて、上記事すぐ後に開催されたこの年の大阪マラソンは、アテネ五輪10000メートルで7位に入ったエレナ・プロコプツカ(ラトビア)が自慢のスピード力を生かして2時間22分56秒でマラソン初優勝を果たし、2位は2度目のマラソンの小崎まり(ノーリツ)が入りヘルシンキ世界陸上代表に内定。3位はベテランの弘山晴美(資生堂)という結果に終わった。
福士をはじめ上の記事で期待されている ような日本人による成果は(例によって)みられず、北京五輪・世界陸上を経た今日まで悲観的な状況が続いている。


↑ 出典紛失と書いたのはラドクリフ戦績表のことであって、コメントは自言。 コメントどおり、2004年のニューヨークで優勝していた。 ここまでの2敗は、03年アテネ五輪のリタイアと07年北京五輪の23位である。 この後、09年のニューヨーク(3連覇を逃す4位)、11年ベルリン(3位)ときて、12年のロンドン五輪はエントリーするものの(1万メートルだかを走ったためもあってか)欠場という経緯を辿っている。 こうしてみると、よくよくオリンピックに嫌われた選手ではある。

− 荒牧 千e Aramaki Kazuhide −
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